1951年に『ライ麦畑でつかまえて』で登場してからというもの、ホールデン・コールフィールドは「反抗的な若者」の代名詞となってきた。ホールデン少年の物語は、彼が16歳のときにプレップ・スクールを放校された直後の生活を描き出したものだが、そのスラングに満ちた語り口は今日でも鋭い切れ味をもっており、ゆえにこの小説が今なお禁書リストに名を連ねることにもつながっている。
初めて知る本の中身。
タイトルは知っていたけれども、中身を読んだのは今回が初めて。
ライ麦畑で若い恋人たちが「あはは!つかまえてごらんなさ〜い〜」みたなお話なんだとずっと思っていた自分が恥ずかしいです。(馬鹿すぎ)
中身とは言っても、物語というものは皆無な感じで、繊細で頭の善い子が一人称で、周りについての批判を羅列しながら逃亡生活するものだった。
私はコールフィールドの身にいつか劇的な出来事が起こり、彼が少なからず世間一般の眼からは正しい方向?に向かってくれることを切に願い、彼のイライラさせる語り口を辛抱して辛抱して読み進んだのだが、そんなものは用意されていなかった。
本の中で、コールフィールドに寄り添い、彼のウンザリな話をそれでも聞届けることが出来たのは、やっぱり私の意固地でどうにも世間と溶け合えないモノがコールフィールド臭をずっと放出し続けていたからだ。
このあとコールフィールドがどんな大人になったのか・・・これから自分が(年齢的にはとっくに大人だけど)精神的にどんな大人に成長するのか・・・そんなことを嫌でも考える本でした。
でもね、贔屓目で言うわけじゃないけど、コールフィールドみたいな子が本当に強く成長して、ひとと向き合って対話できた時のほうがなんと言うか、話を聞いてみたい大人なんじゃないかと思うんだ。
…というのが私の感想なんですけれども、訳者の村上春樹氏の解説読んでみたかったんだけれども、原著者の意向で載せられなかったみたいですね。どんな意図で村上氏が再訳されたのか…村上氏のエッセイでも読めば解るのかな?でもそこまではしないけどさ。