「…思いつくままに、戦場より愛をこめて!」 1972年3月から73年7月までにカンボジアとベトナムで撮影した写真を収録。1000コマを超えるベタ焼で、戦場での泰造の眼差しを、母・信子が追った画期的な写真集。
一ノ瀬 泰造
1947年佐賀県武雄市にて生まれる。
1963年佐賀県立武雄高校入学 高校1年の夏は野球部員として甲子園出場。
物理部部長として写真部門にて活躍する。
1966年日本大学芸術学部写真学科入学。
1970年大学卒業後、UPI通信社東京支社に勤務(三か月で退社)。
1972年1月20日バングラデッシュ・インドに向かう。
3月14日カンボジアに入国。
8月15日カンボジア政府軍とのトラブルが重なり国外退去。ベトナムへ向かう。
1973年11月22日または23日単身アンコールワットへ潜入し、そのまま消息を絶った。
1982年2月1日シェムリアップから北東に14km、ブラダックの草原にて両親により遺体確認。
私はまだ彼の本も読んでないし、彼が命がけで撮った写真に満足行くまで眼を通していない、映画も見ていない、彼が伝えようとした戦争とカンボジアやベトナムという国とひとを知らない。戦争を知らない。
ただ彼が使用していたカメラと同機種を手に入れたというだけで、この本を手に取っただけなのですが、これから時間をかけて知るべきことのリストに載せました。
この本は一ノ瀬氏が戦場から母・信子さんと友人に当てた手紙とネガのベタ焼きとでほぼ時系列で構成されています。今の私にとっては、写真よりもまず、手紙の言葉の印象が強い気がする。
一ノ瀬氏がどんな人なのか、全く知らないのだけれど、活字から声が聞こえてくる。
切れ味鋭いクールな言葉遣いが印象的ではあるけれど、どこか、つかみ所の無い、どこかねちっこさを持っていそうだけれど、それをひょいっと隠してしまってるような印象。
戦場カメラマンがゆえに、戦闘がないとお金にならない、ヘルメットにタマを貫通させながら撮った写真を1枚15ドルで売り、周りのジャーナリストたちも殺されてゆくけれど、「僕はまだまだ死ねません。だってこれといった写真を一枚も撮ってないものですから」という覚悟が直球で伝わってきた。
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