
大原
三千院 わらべ地蔵
遅くなったけど、ひとり旅レポにちとお付き合いください。
6月26日〜28日まで京都に行って参りました。
△1日目
高速バスでお昼前に京都駅に到着。
そのまま市バスに乗り換え。清水寺方面に。
観光客とは逆方向から清水を攻める。汗をだらだらかきながら、石段や坂を昇る。逆方向とは言っても、通るところは同じ。修学旅行中の中学生たと海外からの旅行者がわんさか。道中なんちゃって舞妓さんたちが豪快にこけているところに遭遇したりと…相変わらず摩訶不思議空間京都にであったのでした。
そのまま歩いて「
空也上人立像」を観に
六波羅蜜寺に。
六波羅密寺周辺は観光というよりは、仏像マニアの方たちがよく訪れる地域でして、私の他には、お遍路さんのご一行と大学教授らしきオーラをもつダンディなおじ様しかいませんでした。私自身も六波羅密寺は憧れの場所で、空也上人のほかにも、私の一等好きな四天王像が4対全て拝めるありがた〜い場所なので、鼻息荒く宝物蔵に足を運んだところ、2体のみしか拝観できず。ガッッックシ。…でも、う、美しかった!時間を忘れて、可能な限り視点を変えて見つめてしまった。
まだチェックイン予定まで時間があったので、徒歩で鴨川ぞいを歩きつつ、祇園界隈へ。ひとり旅でも、少しは若い観光客らしくと、
茶寮都路里の暖簾をくぐる。予想通り、階段に行列が出来ていましたが、絶対ひとりなら待たずに通してくれるはず!計算どおり、数名のお嬢さん方を抜き短時間であんみつにたどり着けました♪そりゃひとり客ってのは浮きまくってるし、まわりのお客さんからの視線が少々痛かったけれど…。「いちいち気にしていたらひとり旅が出来るか!」と強がり半分背伸び半分でのんびりしてやりました。つぅか、やっぱり数人で行動するのが当然っていう考えのほうがキモイ!うん。こっちも正論だよな?
甘味を食してパワーが復活!。祇園の小路を当てもなく彷徨い歩き、時々お稽古事から帰宅する舞妓さんの姿がチラホラ。やっぱりなんちゃって舞妓とは品格が違うな〜とか想いつつ。風神雷神図屏風を拝観しに
建仁寺に足を伸ばす。もちろん風神雷神図屏風は国宝なので、レプリカ展示(写真撮影可)だったけど、建仁寺自体の庭と建築がもつ涼やかな雰囲気が気持ちよく。とてもくつろげた。大学時代、東洋美術史の授業内にスライドで閲覧した脱力系襖絵もあって、嬉しかった♪法堂双龍図も迫力満点。これから後800年くらい経ったらこの絵も国宝になったりするのか・・・と遠い遠い宇宙のことまで意識が飛ぶ。
チェックイン時間が迫り、八坂神社から円山公園を抜け、1日目の宿となる
知恩院へ。
(実際には知恩院の敷地内にある
知恩院和順会館という施設が宿舎となっています。)
この旅のひとつのテーマ?は宿坊に泊まることなので。
宿坊は安く泊まれるし、希望者は「朝のお勤め」に参加可能(宿坊によって異なります)なので、一味違う旅の思い出作りたいという方にはおすすめかと思います。
無事チェックインを済ませ、実際に泊まるお部屋の印象は、古びた旅館のようでした。普通にテレビも付き。欲を言えばトイレと洗面台は共同なので、そのつど貴重品を持って鍵をかけないといけないのは少々不便でしたが。それ以外は質素で清潔感が感じられました。大浴場を広くて、疲れが取れました。部屋にもよるかと思いますが、私の部屋からは、木造の門としては世界最大の知恩院の三門(国宝)が間近に眺めることが出来て、眺めも抜群でした。
私以外の宿泊客は数十名のお年寄りで構成されている「信仰奉仕団」なる団体さん2組、個人客は外国人観光客が数名と、私と同じくひとり旅風情の30代女性のみでした。個人客は同じフロアに割り当てられている為、廊下に出るたびに外国人の方と顔を合わせて、なぜか日本人とすれ違うよりも厳粛丁寧にお辞儀をし合ったりして、なんだか不思議でした。
夜は人通りが多く、ごった煮的で私の苦手な京都の部分。川原町通りや寺町界隈を人ごみに流されつつ浮遊。あぁ。っやっぱり苦手だと思う。苦手!そんな時にひっそりとした隙間に神様の灯りを発見できるとほっとする。
疲れ果てて宿坊にたどり着くと、無視していた足の激痛が無視できなくなり、靴下を脱いで確かめると親指の裏に靴擦れが!そりゃ、バスに乗らずにアレだけ歩けばね。
靴擦れが痛くても、妙に誇らしい夜でした。
熟睡できるはずが!布団がまったく体に合わず、全く眠れず。
明朝4:30起床厳守なのに!
△2日目
眠れなかったが故に4:30に起きて「朝のお勤め」に参加することが出来たのか?

知恩院 朝のお勤め風景。
ロビーにて、「朝のお勤め」の参加者集合。
(参加者は外国人旅行者を除いた全員でした)
朝霧が立ち込める中、知恩院本堂に向かう為石段を昇ってゆきます。 頭の中がまだ覚醒前の為、なんだかアノ世(死後の世界?)にでも分け入っているような…。皆さん口を閉ざしたまま、静か過ぎた。
「朝のお勤め」は普段拝観客が入ることの出来ない阿弥陀堂の内陣で行われます。正座し、木魚のリズムに合わせて合掌、「南無阿弥陀仏」を唱えながらお坊さんが入場してくるのを待ちます。郷に入っては郷に従えということで、解らないお経の部分は耳を清ませつつ、得意な「南無阿弥陀仏」の合唱部分は心を込めて一心に唱えました。これぞまさに念仏というか、頭がだんだんぼーっとしてきて、でも意識のある部分はしっかり醒めていて、みんなの声がやがて一つに集中しだしてクライマックスに到達してゆく。
なむあみだぶつなむあみだぶつ・・・なむあみだぶつなぁ〜むぅ〜
こんな音楽も有りだと思う。
ご焼香を済ませ、今度は事前に配られていた「元祖大師御法語」というありがたいお経の第二十七章(27日なので)をみんなで合唱。
ありがたいことに、宿泊者全員の名前が読み上げられ、宿泊者とその先祖代々の供養と幸福を祈願していただきました。
まさか、自分の名前が読み上げられるとは思っても見なかったので、ものすごく感動しました。自然に合掌礼拝が出来、とても心静かな状態で過ごせた。
「朝のお勤め」の後はお坊さんからありがたい法話も授けていただきました。世の中の哀しい事件から、「千の風になって」の歌詞についての興味深いお話まで、とても心に残る内容でした。久々に素直に人の話に耳を傾けて、自分ながらに受け止めることが出来たかと思います。
あっという間の2時間でしたが、阿弥陀堂から出ると、すでに太陽が顔を出していて、なんだか体の中から力が湧いてきました。
朝食を済ませ、とても親切に接してくださった、フロントのお坊さんに「お世話になりました」と声をかけてチェックアウト。
そして、憧れの国宝、重文の宝庫!蓮華王院(三十三間堂)へバスで向かう。三十三間堂を拝観する為に京都に来たといっても過言ではないので、この旅のメインと言っても好いくらい楽しみにしていた場所。
仏師たちが全身全霊、至極の技を投じて掘り続けた千体もの十一面千手千眼観世音も、雷神風神像もいいっ!でも一番見たかったのは観音二十八部衆の像!
あ〜もう溜まらん!筋肉、手、表情、装飾具、風、どれをとっても息を呑む!
早起きは3文の得とはこのことでしょうか?
偶然にも大変貴重な光景に遭遇することが出来たのです。
千体規則正しく並んでいるはずの千手観音像が数体、斜めにずらされており、白衣を身に着けている方たちが数人で(おそらく職員と仏師の方と思われる)千手観音像を厳粛な雰囲気の中解体しているではありませんか!!!
近くに居合わせていた職員の方に尋ねてみると、千手観音像の保存修復の為、搬出作業中とのこと。
普段は見られない、装飾具を取り外され、台座から降ろされ、背中の後光も外されている姿、(特に背中部分を間近に見ることができて狂喜乱舞)最後には担架上に組まれた木枠に和紙等で厳重に固定された後搬出されて行く姿は、死体でも運んでるみたいに見えてドキドキしたのでした。
感動しすぎて疲れたにも関わらず、蓮華王院の向かいにある京都国立博物館に。惜しくも特別展は展示準備中で平常展にしか入場できませんでしたが、なんとなんと!ここでも「早起きは三文〜」の効能?が持続し続けていたのか?
前日、六波羅蜜寺で四天王像のうち2体だけしか拝観できず、ガックシきていたのですが…。なんとなんと、その四天王像の残り2体が偶然にも!国立博物館に展示中だったのです!うは〜立ち寄ってよかっだ〜(号泣)生きてりゃ善いことがあるもんですね!
他博物館に貸し出し中ってのはよくあることなので、そんなに騒ぐことじゃないかもしれないけど、私にとっては、この出来事によって益々六波羅蜜寺の四天王像のファンになっちゃったのでした。まだ風が吹く前で、静けさを持ってるところがいいなぁ(満足)
ゆっくりと博物館を巡った後、興奮を冷ます為、
京菓匠 七条甘春堂 且座喫茶で一服することに。古い町屋造りの店内で、京菓子を懐石料理に見立てたお膳でいただける。注文次第では抹茶を自分で点てられるらしく、常に茶釜から湯気が漂い、窓からは小さな中庭が眺められ、自然と神経が緩んできて、ゆったり出来た。
再び歩く気力を充電できたので、蓮華王院近くにある養源院、智積院、豊国神社、方広寺まで大小さまざまな寺院を拝観。
中でも、伏見城の遺構を写して再建された養源院は印象的。小さいながらも、俵屋宗達が描いたユニークな杉戸絵等、貴重な文化財が収められており、拝観料を支払う時財布の中身が見えないほど照明が落とされていて(文化財保存の為)、お化け屋敷にでも迷い込んだようでした。養源院のもうひとつの目玉に「桃山の血天井」なるものがあるのですが…「血天井」といわれる天井の血痕は、今から400年前も前の戦国時代のもので。この天井に使用されている木材はもともと伏見城の床でした。伏見城を守っていた武士が敵に攻められて落城する前に380名以上が自刃。その遺骸は約2ヶ月もの間、伏見城に放置され、その血痕や顔や鎧のあとが縁側の板に染み付き、いくら拭いても洗っても落ちなくなったという。案内係のおばあさんがおもむろに指示棒を取り出し「ここが頭のあと。ここが腕。このあたりがお腹」と説明を聞きながら薄暗い天井をじっと見ていると確かに人の形に血痕が。
ひぃ〜。コレじゃ本当にお化け屋敷だよ〜。
この旅で拝観した寺院の中では、養源院が一番文化財保存に心血注いで努力されていることが印象深い。そのため院内では自由に拝観できず、常に職員のおばあさんの監視つきではあったけれど、拝観客が見学に来るたびそのつど障子を開け閉めし、出来るだけ光が入り込まないように保存しようとする姿にとても「ありがたさ」を感じました。学芸員実習の時の「展示と保存は矛盾した行為」という言葉を鮮明に思い出しました。
また智積院の名勝庭園を痛く気に入って、時間を忘れて眺めていました。中国の廬山を模られていて、石橋より向うはあの世(極楽浄土)で、2年前に亡くした愛猫が私を呼ぶ…。なんてことを妄想していたら、濁っ水から(わざと濁らせてある)鯉がジャンプ!刹那あの世は消散し、我に還る。
一路2日目の宿に向かう為、京都駅へ。遅めの昼食をすませる。
ついでに京都駅に来ると必ず立ち寄ることにしている、
美術館「えき」KYOTOに。偶然にも開館10周年記念として 三好和義 楽園写真展ハワイアン・スピリッツの初日。しかも三好氏ご本人が来場し、作品の解説をしているところに遭遇!幸運にも程がある!極彩色のまさにハワイアン・スピリッツに溢れる写真で、心地良かった。

十四春旅館
京都駅から地下鉄に乗って、今晩泊まる宿へ。
最後の夜を過ごす宿は、これも楽しみにしていた、
明治に建てられた京町屋の小さな宿。国の登録有形文化財にも登録されているらしく、戸を閉めるのに少々コツを要する古さに感動。おばあちゃんの家を思い起こさせるような佇まいと、おかみさんのおもてなしの温かいこころが人気で、観光シーズンは予約が取りにくいそうです。
古いとは言っても、生活に必要な洗面台やトイレ等は使いやす現代的に改築されていて、アメニティ類もオールフリーで、本当に身一つで来ても「我が家にいるようにくつろげる」配慮と気配りが行き届いていました。到着時に、おかみさんが点ててくれるお茶も染み渡る。
宿泊客の中には脚本家の方が「篭もり」に長期滞在される方も多いそうで、隠れ家的な雰囲気が一番の魅了ですね。お風呂も檜風呂で、体の疲れも溶かしてくれました。
おかみさんとしばらくお話して、一休みした後、夕食にありつくべく外へ。あまりお腹も空いていなかった為、近所の蕎麦屋兼居酒屋にふらり。
カウンター席に通されるも、ひとり客のお仲間?が多かったので、リラックスできました。調子に乗ってビールをおかわり。ほろ酔いの出来上がり。
この日は布団もふかふかでよ〜く眠れたのでした。
△3日目
翌日は遅めに起床。
前日の要望どおりの時間に、朝食を1階の広いお部屋で頂きました。
朝食は、旅館食と言うよりは、京都のお母さんが作った朝ごはんで、炊き立ての生姜ご飯が絶妙な味で、ついついお腹いっぱい平らげてしまいました。茄子の田楽やごま豆腐、焼鮭、お味噌汁も上品な味で、ウチの母にも見習って欲しい美味しさでした。
精算時にも、おかみさんとお話させていただきましたが、この貴重な建物を残すのに、大変なお金と労力が必要なことを教えてくださいました。「この家を「残すこと」が私の使命」と晴れ晴れとした表情で語ってくれたおかみさんを私は忘れない。
そんなおかみさんの苦労の上に私たち宿泊客が集い、また不思議な縁が産まれる。ひととひととを自然と、また必然的に結び付けてしまうこころがこの旅館にはあるのかもしれない。
おかみさんからお土産として素敵な扇子を頂いて、心も体もほっこりさせて、出発。
地下鉄と、バスを乗り継いで、大原に。
前日まで行き先は決めてなかったんだけど、なんだかゆっくり出来そうな、森のイメージがあったので。もちろん庭園や仏像もたくさんありそうだったので。
大原の紫蘇畑を抜けて、
三千院、実光院、
宝泉院を目指す。
大原の寺院はそれぞれ、素晴らしい庭があって、拝観料にお茶券付きのところも多い。庭を眺めながら、散策しながら抹茶とお菓子に舌鼓を打つのも善し。

写経
三千院では写経も体験できる。姿勢呼吸を整えて、十六文字を無心でと言うよりは一生懸命ナゾって、書き終えたら奉納させていただく。
写したお経
七 佛 通 戒 偈
諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸佛教
大意:すべての悪しきこととをなさず、善いことを行い、みずからの心を浄めること、これが諸佛の教えである。

御朱印集め
阿弥陀三尊像が安置されている往生極楽院の天井画が最近復元模写されて展示されていた。この復元模写の様子はテレビ番組で知っていましたが、あれほど鮮やか青に10体の天女が浮遊する様はまさに極楽浄土。胸を打つ光景でした。眼にした週間に音楽がたなびく。
お土産に漬物を買って家路につく。
帰りの高速バスのなかで、拝観した寺院で頂いたパンフレットを読み返す。
そのなかの宝泉院のパンフレットにこんな言葉が記されていた。
仏のことば
ことばだけ美しくて
実行の伴わないのは
色あって香りのない
花のようなものである
花の香りは
風に逆らっては流れない
しかし善い人の香りは
風に逆らって世に流れる
眠られない人に夜は長く
疲れたものに道は遠い
正しい教えを知らない人に
その迷いは長い
法句経
長文にて失礼しました。

旅の思い出たち